分散協調型モビリティ産業への法制度転換 ―プラットフォーム化時代における自動車規制の再設計― 2

分散協調型モビリティ産業への法制度転換
―プラットフォーム化時代における自動車規制の再設計― 2

第1章 完成車一体主義の法的基盤とその限界

 本章では、日本の自動車法制が依拠してきた「完成車一体主義(integrated whole-vehicle doctrine)」の法的構造を明らかにし、これが現代の技術構造、製造体系、国際的法潮流といかに乖離しているかを検討する。完成車一体主義は、法令文言の表層だけでは理解しきれず、道路運送車両法、保安基準、省令体系、行政運用、さらには製造物責任法(PL法)にまたがる複合的制度構造として成立しているため、その内部構造を丁寧に解きほぐす必要がある。
 まず道路運送車両法は、型式指定制度を通じて「車両全体を一体として認証する」という構造を保持している。同法第75条以下における型式指定手続は、車両の走行装置、制動装置、車体構造、照明、窓ガラス等を「一体の完成車」として捉え、全体としての適合性を検査する仕組みである。この制度は、金型を基礎とした大量生産を前提とする20世紀の製造体系においては高い合理性を有していた。しかし、今日のように車体外装の素材、構造、接合方式が多様化し、欧州のようにプラットフォームと上物を分離するモジュール設計が主流化するなかでも、日本法は依然として「車体構造は不可分の単一体である」という前提を維持し続けている。
 次に、自動車の安全基準を規定する道路運送車両法施行規則(いわゆる「保安基準」)も、車体構造を固定的な完成品として扱う体系を形成している。多くの安全基準は「形状」「寸法」「取り付け位置」を対象とするものであり、性能基準ではなく形状基準に依存している。たとえば外装部材の強度は「一定の衝撃に耐える構造」であることが求められるが、これは部材単体ではなく「完成車としての状態」での強度が検査される仕組みとなっている。英国やEUのように、車両の構成要素ごとに性能要件を設定し、後付け部材でも適合可能とする performance-based regulation とは対照的である。この違いは、完成車一体主義と性能基準型法制との差異を象徴するものである。
 さらに、製造物責任法(PL法)においても、完成車メーカー単独責任モデルが前提とされている。PL法は「製造業者」を最終製品の提供者として位置づけるため、車両に関しては完成車メーカーが包括的な責任主体となる。しかし現代の自動車は、機械的構造のみならず、ソフトウェア、センサー、制御ユニットが密接に連動する多層構造を持つ。Stolte et al.(2021)が示すように、自動車の安全は fail-safe、fail-degraded、fail-operational といった複数の安全レイヤーによって初めて成立する。にもかかわらず、PL法はソフトウェア提供者、データ管理主体、外装製造者などの多層的責任分配を想定しない。これは「単一責任」と「多層安全」が制度的に矛盾する状態であり、完成車一体主義が制約として働いている。
 また、現行法制は改造車・架装車に対して厳格な追加検査を課す構造を持つが、これも完成車一体主義の副産物である。外装部材や構造体を変更する際は、たとえ走行機能や制御系に影響がない場合でも、完成車としての総合適合性が再度問題となる。結果として、欧州で一般化している coachbuilder(架装メーカー)方式と異なり、日本では外装製造者が自動車産業に参入しにくい制度的環境が形成されてきた。これは産業競争力にも影響し、中小製造業が自動車産業の付加価値領域に参入する機会を法制度が阻害していることを意味する。
 さらに独占禁止法の観点でも、完成車一体主義は過度な垂直統合を黙示的に保護する構造を持つ。車体外装や電子制御部分を完成車メーカーが独占的に保持することが、「技術的必然性」として法制度に組み込まれているため、英国やEUが採用する“access obligation”(接続義務)や“interoperability”(相互運用性)といった概念が日本の自動車法制には実装されていない。Rochet & Tirole(2003)が示したように、プラットフォーム化が進んだ産業では接続義務が競争法的な重要性を持つが、日本の法制度はこの潮流に適応できていない。
 本章の検討を通じて明らかになるのは、完成車一体主義が日本の自動車法制の基層構造を形成しつつ、同時に現代技術との制度的不整合を引き起こしているという点である。この制度構造は、二十世紀の大量生産体系には適合したが、二十一世紀の分散協調型モビリティ産業には適合しないまま硬直化しつつある。本書全体の目的は、この制度的硬直性を解消し、プラットフォームと外装を分離可能とする法制度を構築することにあるが、その前提として本章では、完成車一体主義の法的基盤と限界を体系的に示した。

第1章 要点整理(Chapter Key Points)
1. 日本の道路運送車両法は型式指定制度を通じ、車両全体を不可分の一体として認証する構造を保持している。
2. 保安基準は性能基準ではなく形状基準に依存し、部品単体での適合を想定していない。
3. PL法は完成車メーカー単独責任モデルを前提としており、多層安全構造と整合しない。
4. 外装変更・架装に対する厳格規制は外装製造者の参入障壁となっている。
5. 完成車一体主義は競争法上も垂直統合を強化し、相互運用性確保の国際潮流と乖離している。
6. 以上より、完成車一体主義は日本法の基層構造であると同時に、現代技術・国際標準との制度的不整合の源泉となっている。

第1章 参考文献解説(Annotated References for Chapter 1)
1. 国土交通省(2024)『道路運送車両法逐条解説』
 型式指定制度が「完成車一体認証」を前提として設計されていることを示す一次資料であり、本章の制度基盤分析の根幹をなす。
2. 国土交通省(2024)『保安基準解説』
 外装・構造に関する安全基準が形状規制中心であることを確認するために不可欠な資料である。
3. 消費者庁(2023)『製造物責任法の解説』
 PL法が完成品提供者を最終責任主体とすることを明示し、多層責任分配を想定していない点を本章の議論と結びつける。
4. Stolte, T., et al. (2021). IEEE Access.
 自動車安全の多層構造を整理し、単層責任構造の制度的限界を示す技術的根拠文献である。
5. Rochet, J.-C., & Tirole, J. (2003). Journal of the European Economic Association.
 プラットフォーム産業における相互運用性確保の重要性を示し、本章の独禁法的問題提起の理論的基盤をなす。